映画の感想や好きな俳優の情報を発信します。新作以外はネタバレあり。
エリア・カザン『波止場』
2014年04月10日 (木) | 編集 |



マッカーシズムに揺れるハリウッドで密告者となってしまったエリア・カザンがその後初めて撮った作品にして、アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、主演女優賞等8部門に輝いた名作『波止場』を見ました。

波止場(1954)アメリカ
原題:On The Waterfront
監督:エリア・カザン
出演:マーロン・ブランド/エヴァ・マリー・セイント/リー・J・コッブ/ロッド・スタイガー/カール・マルデン/パット・へニング
テリー(マーロン・ブランド)は元ボクサーだが、今は波止場で荷役をする日雇い労働者であった。テリーはある日、地元のギャングであるジョニー(リー・J・コッブの命令で、古い友人を呼び出し、結果的に殺害に関与してしまう。

 今回、随分前に録っていたTCM放送の録画で鑑賞したんですが、解説者によると原作&脚本のバッド・シュールバーグもカザンと同様に密告者となり、その後も活躍を許された人。
映画は思いがけず友人の殺人に関与してしまったやさぐれた主人公が、苦悩の末ボスに立ち向かうというシンプルなストーリーながら、主人公の葛藤がよく描かれ、力強い作品に仕上がっています。
作中牧師の言う「時間と信仰が偉大な癒しとなる」や、刑事の言葉だったか「事実を証言し、公にすることは正しいことだ」印象的な台詞も数々あり、本作にカザンとシュールバーグ二人の苦悩が反映されていると観るととても興味深いものがありました。

 主演のマーロン・ブランドは時期が時期だけに、カザン作品に係わることに難色を示したそうですが、当時母親をなくし精神的に不安定な状態だった彼は、毎日4時に終わってカウンセラーに通っていいという条件の元出演を引き受けたのだとか。
その不安定な状態がナイーブなテリーに合っていたのかもしれません。
あることからやさぐれて、ろくでなしの人生に身を任せる青年が、死んだ友人の妹(エヴァ・マリー・セイント)と出会い、自分が失くしてしまった純真さと人を愛する心にハっとする。
港の平和を願う牧師の正義にも背中を押され、葛藤しながら悪に立ち向かうテリーを熱演。



終盤彼が兄に言う、「今みたいなろくでなしでなく、もっと違う人間になり得たかも知れない」という台詞にも
シュールバーグのしたことへの後悔がうかがえ、それを乗り越えて行動するところに作家としてなすべきことがあるという強い意思が反映されていたように思います。
兄チャーリーを演じたロッド・スタイガーがまたいいんだよねぇ。
弟を守るためにしてきたことが、逆に弟の人生を奪うことになっていたことを思い知らされる終盤の悲しい表情は心に残ります。
マフィアのボスを演じたリー・J・コッブも憎たらしい悪役ながら、最後素手で勝負に及ぶあたりにテリーへの愛情も感じる、牧師役カール・マルデンとともに、3人そろってアカデミー助演男優賞にノミネート。
残念ながら票を分けたようで3人とも受賞ならずでしたが、それぞれの演技力はもちろんのこと、脇役のキャラを際立たせる脚本と演出のうまさを感じますね。
最後は弱きものたちが大きな壁を打ち破っていくところにカタルシスを覚えました。


最後にTCMの解説者の言葉を
「今なおカザンとシュールバーグのしたことに弁明は許されないとする人は多いけれど、『波止場』が偉大な映画であることを否定するものはいない」

苦い経験を乗り越えたからこそ生まれた名作でもあるんでしょうね。
いい映画でした。



赤狩りとエリア・カザン(アカデミー授賞式動画)
2014年04月05日 (土) | 編集 |



『ウディ・アレンのザ・フロント』をTV録画から見たときに
TCMのホストがエリア・カザンについて語っていました。

エリア・カザンは『欲望という名の電車』や『エデンの東』などの名作を排出し
50年代に名を成した監督さんですが、赤狩りの波が吹き荒れた際に
数人の映画仲間を共産主義者として通報したことで知られています。
多くの映画人のキャリアを奪い、かつそのこと後悔していないと公にしたことで、
生涯ハリウッドの嫌われ者となったようですね。

それゆえ、1999年にアカデミーにより生涯功労賞を授与された際には
物議を醸したようで・・・


プレゼンターはマーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロ
カザンの後ろに隠れてしまっているスコセッシに、
任務を仰せつかったものの、心から祝福できないという気持ちが窺えたり(笑)

会場を見てみると、立ち上がって拍手を送る人がいる反面
憮然とした様子で椅子に座ったままの人の姿も見受けられます。
エド・ハリスとそのお隣は奥様でしょうか。
ニック・ノルテなんて腕を組んで「絶対に拍手するか!」という険しい表情。

カザン自身、スピーチで「アカデミーの勇気と寛容に感謝する」と述べていて
以後の映画人生が平坦ではなかったことを感じさせますね。
彼もまた、マッカーシズムの被害者だったのかもしれません。